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新求道期間の道 教皇ヨハネ・パウロ二世 |
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小教区の聖堂の中で主任司祭は新求道共同体をパパ様に紹介した。第一共同体のメンバーは、数日後に新たな宣べ伝えを始めます。彼らは小教区の区域で福音を宣べ伝えて家から家へと訪問することになっています。主任司祭は次のように言った。“今は大切な時です。共同体にとって細心の注意を要する時です。友達というのは、私達が最も彼らを必要とする丁度その時にやって来るものです。今日のパパ様の御訪問もこの意味を持っています。即ち、私達が本当に励ましを必要とする丁度その時、激励の言葉を持って来て下さいました。” |
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“私はあなた方を知っています。”とパパ様はお答えになられた。“私はローマの色々な小教区においてもあなた方に会うし、又世界の色々な国々でもあなた方に出会います。あなた方を見分けるのは簡単です。ギターが奏でられ始め、新求道共同体独特の歌が聞こえさえすれば世界のどんな片隅に居ても、私、教皇は、あなた方が誰であるかがすぐ分かり、大喜びします。教皇は何処においてもそうです。この小教区においても今、現に喜んでいます。私はローマの色々な所で、沢山の新求道共同体に何度も話をしました。そして私は、あなた方のカリスマを特徴づける二つの要素があることをよく知っています。第一にあなた方の信仰の熱意です。新たに見出された信仰の熱意、信仰を守り続け、信仰に生き、信仰を実践して来た人々にとっても、つまり多少なりともよいキリスト信者、真面目なキリスト信者であった人々にとっても、新たに見出された信仰の熱意、一度信仰が新たに見出されると、(新たに見出された信仰とは完全な意味の信仰、満たされた神秘としての信仰、その超自然的偉大さを持つ信仰)このような信仰は熱意を生み出すのです。この信仰の熱意が現代において如何に必要とされていることでしょうか。 私達は冷淡で無関心な世代に生きています。熱中することを望まぬ世代です。この世代が信仰と神とキリストの真理の前で、“そうか……多分……そうかも知れない”というのです。だからこそ熱意が必要であり、個人の確信が必要です。この熱意ある確信のみが、他の人々に確信を持たせる事が出来るのです。” |
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“それから、あなた方のカリスマに属する第二の事は、根本的な回心だと思います。私は深い内的感動をもってあなた方の証しの言葉を聞きました。特に最初の人の話を聞きながら私はすぐに思いました。タルソのパウロの証しと全く同じものがここにあります。パウロはキリストに反対して戦い、イエズスを直接的に殺そうとし、キリスト者を滅亡させようとした人間でした。それが、ある瞬間、彼はよみがえられたイエズスと出会い、最も熱心で有力なキリストの弟子となりました。今や、私達の世代は――この時代に於いては非常に多くの人々が信仰を失い、他の道、他の思想と哲学主義につき従って行き、他の組織或は団体に入ってしまいました――この世代はタルソのパウロの回心と同じ根本的回心を必要としています。 |
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“私は大きな喜びをもって、あなた方に会っています。そして私はあなた方が今日の教会において、今日の世界において、とても必要であると思います。あなた方はあなた方の歩みを続け、あなた方のカリスマを培い、あなた方の本分を深く理解しなければなりません。新求道共同体の本分における特有な恩恵にいつも従い、いつも教会の牧者と一致して行きなさい。 |
| (*) オッセルバトーレ・ロマノ紙 1985年3月4・5日 |